2024-2025年度活動報告書
京都大学 稲谷龍彦
ウィーン大学法学部及び京都大学法学部との定期学術交流会は、京都とウィーンが相互に開催地となる形で30年以上にわたって毎年開催されており、本年度はウィーン大学において開催された。ウィーン大学はドイツ語圏における最古の大学であり、法学部はドイツ語圏及び東欧圏、そしてEUにおいて大きな存在感を有している。とりわけ、ウィーン大学法におけるイノベーション及びデジタル化研究所所長のNikolaus Forgó教授は、EU圏におけるデジタル法の第一人者の一人であり、GDPRやEU AI Actの制定においても重要な役割を果たしてきた。また、Forgó教授と本研究専門委員会委員長の稲谷とは、10年近く密接に学術交流を続けている
本年度の学術交流会では、Forgó教授と稲谷とが共同で開催してきたAI/ロボットと法に関する研究会に参加してきたウィーン大学側のメンバーから、より学際的な研究会を開催してもらいたい旨の要請を受け、本研究専門委員会のメンバーから浅田大阪大学特任教授及び勝野同志社大学教授に、また、本研究専門委員会にゲストスピーカーとして研究合宿等にも参加していただいてきた上田京都大学准教授に、それぞれの視点から日本におけるロボットELSIの研究課題について報告を行ってもらい、それらを受ける形で稲谷から日本のAI/ロボット規制の特徴とEUと比較した場合の文化差などについて報告することとなった。
浅田教授には認知ロボティクスに関するこれまでの研究活動の概要と、ロボット研究者の視点から見たロボット研究・開発におけるELSIについての報告を行なっていただき、日本のロボット研究の1つの方向性として、痛覚を持つことで人間に対する共感を獲得し、人間と共に生きるロボットの開発が目指されていることなどが紹介された。
勝野教授からは、人間と情動的な関係性を構築してコミュニケーションするロボットの利用者に対する人類学的インタビューの結果に基づいて、人間とロボットとの関係が微妙なすれ違いに満ちており、思うままにはならない関係であるからこその発見や驚きによって、人間の側がロボットとのコミュニケーションに惹きつけられることで、また、自身あるいは家族の普段隠された側面などを理解することによって、QOLが改善していることなどが紹介された。
上田准教授からは、現在実施中の実験の暫定的な結果に基づいて、自発的に活動しているように見えるロボットとコミュニケーションをする時間を過ごした人の方が、そうでないロボットとコミュニケーションする時間を過ごした人よりも、ロボットに対する好感情を強く持つ傾向にあることなどが明らかになっていることなどが紹介された。
稲谷からは、集合的な能動的推論のメカニズムによって、法の基礎となる倫理的直観が社会的に構築されていること、従って、この倫理的直観には文化差が存在すること、また、論理的・計算的思考の結果が倫理的直観と大きく矛盾する場合には後者が優先されがちであることなどから、日本とEUのAI法規制の方向性の違いは文化差によって生まれる倫理的直観のズレの表れとして理解できること、倫理的直観を論理操作によって一般化し、普遍的な法規範として提示する方法論には法による集団の統合という観点からは重大な問題があること、したがって、ロボット/AIに対する倫理的直観を普遍化しようとするEU AI Actの方向性は容易には受け入れ難いことなどが指摘された。また、特に勝野教授・上田准教授の報告からも明らかなように、人間とロボット/AIとの親密なコミュニケーションは人間の側の認知・行動を良い方向で変容させる可能性を持っているため、この可能性を追求することによって、SNS 等の影響によって特定の信念に固執する集団の対立が激化することで機能不全に陥りつつある古典的な民主主義に、ロボット/AIを適切に関与させることによって、人間の集団的意思決定をより望ましいものとすることができる可能性が指摘された。
ウィーン大学側からも、Forgó教授からは、現在のEU AI Actの規制がリスクベースと言いつつも、実際には具体的なリスクをほとんど特定できておらず、過去の歴史的経緯などに基づく「恐怖」によって過剰かつ曖昧な規制になっており、それが1つの原因となってEU AI Actの施行が難しくなっていることなどが指摘され、人間とロボット/AIとの関係性をより柔軟に捉え、個別具体的なリスクに対応していくという日本のアプローチに対する理解も示された。
一方で、AIは人間の認知・行動に変容を引き起こす可能性があるがゆえに、理性・自由意志を備えた人間の尊厳に対する脅威であるという指摘も複数の報告者・参加者からなされ、依然として日本・EU間のロボット/AIに対する理解の間には文化差が存在することも明確となった。
なお、この学術交流は、本年度の議論を受けて来年度も同じテーマ・枠組みで京都において開催される予定であり、その成果は書籍として刊行される予定であると伺っている。本研究専門委員会でこれまで議論し、ロボット学会誌にも投稿してきたアイデアの多くが、法学分野における国際的な学術交流においても注目を集め始めていることを実感している。今後はアメリカの大学や英国の大学などとも同様の研究集会を行った上で、書籍を刊行するという活動を継続することにより、法学の分野においても日本のロボットELSI研究の成果が国際的に一層発信される状況を実現したいと考えている。