本研究プロジェクトは、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) の「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発/【研究開発項目〔2〕】次世代コンピューティング技術の開発次世代人工知能・ロボット中核技術開発/次世代人工知能技術の日米共同研究開発」の委託を受けて実施されます。

深層学習に代表されるAI技術は、Big DataやIoTと相まって、高機能の人工システムを生み出し、持続可能かつ上質な人と人工システムの未来共生社会を推し進める勢いです。しかしながら、画像をはじめとするセンサ情報の認識・判断処理を計算機上で実行する現在の深層学習には、1)大量のデータを必要とし、障害物回避などの素早い反射的な運動が必要な課題の遂行が困難であること、2)処理能力が計算機性能に大きく依存すること、3)エネルギー効率の向上が困難であるという課題が挙げられます。これに対し、脳の超省電力(約20W)かつ高速・高度な情報処理機構のより深い理解に基づくニューロモルフィックコンピューティングの考え方を導入することで、これらの課題解決のヒントが得られると考えます。そのためには、最新の神経生理学の知見、工学的な応用を可能にするモデル化の理論研究、実装のためのハードウェアアーキテクチャを中心とするデバイス研究の三位一体による研究開発が不可欠です。

これらを実現する上での問題の一つは、情報処理システム開発の各階層で個別のゴールが設定されて個別に技術開発されてきたという体制にあります(下図左)。そのため、デバイス開発からシステム応用に至るまでの一貫した課題とプロセスが共有されず、これらを有機的に結びつけるコンピューティング方式とハードウェア方式が定まっていませんでした。本探索プログラムでは、この課題を解決するための基本理念としてニューロモルフィズムを提案・共有し、これに基づき、関連領域を統合した超域として「ニューロモルフィックダイナミクス」領域を構築します(下図右)。ニューロモルフィズムとは、生物の神経・身体機構に内在する計算論的本質を捉え、その工学的な実現を通じて、生物系の神経機構の新たな理解を生み出し、さらに工学的再現にフィードバックするといった「科学と工学の微視的にも巨視的にも相互浸透的な動的循環による新たな学際的アプローチの理念」を指します。

本探索プログラムでは、ニューロモルフィズムを支える理論神経科学、構成的計算神経科学の新たな原理としてニューロモルフィックダイナミクス理論を構築します。ここには、ニューロンのスパイク活動、神経可塑性、レザバーコンピューティング、ならびに、身体ダイナミクスとのカップリングなどの課題が含まれます。そして、この理論に基づき、人工知能・計算神経科学・半導体デバイスを結びつけるサイバネティックコンピューティング手法を導入します。特に、脳の計算モデルとして有力なレザバーモデルに着目し、大脳皮質のレザバー仮説を検証します。レザバー仮説とは、脳が入力に応じて複雑な時空間ダイナミクスを生成するダイナミクスの貯蔵庫として機能しているという仮説です。そして、レザバー計算の新デバイスとしてスピントロニクスの可能性を探ります。さらに、ニューロモルフィックハードウェアのためのアナログメモリ素子とそれを応用した脳型処理モデルを開発します。そして、このような脳型処理に見合うロボットの身体(ソフトロボティクス)の開発も視野に入れます。また、本プロジェクトの成果の実社会での検証のために、ロボカップ競技会の家庭内の日常生活応用のロボカップ@ホームを利用します。