効果的な論文イントロをロジカルに書く方法

研究技術解説

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研究論文や発表のイントロ(イントロダクション・緒言・序論)をどのように書くかは非常に悩ましい問題です.この記事では,研究課題の有用性,新規性,実現性を整理して書く方法を紹介します.

課題の有用性・新規性・実現性の説明に集中する

イントロは,研究の結果や議論といった本題を話している最中の「そもそも論」をなくすために存在します.つまり,イントロの大事な役割は,「そもそもそんなのやらなくてもいいんじゃない?」とか「そもそも誰かがもうやってるんじゃない?」「そもそもそんなの無理じゃない?」といった相手の疑念を払拭させ,結果や議論の話題に集中してもらえるようにすることです.したがって,イントロで相手に説明して納得してもらうべきは,研究でとりあつかう課題の有用性(やる必要がある),新規性(だれもやっていない),実現性(なんとかできそう)の三点です.この三点をわかりやすく,正しく,不足なく説明する,というのがイントロ執筆の指針です.

イントロで納得してもらうべき結論と論証

課題の有用性,新規性,実現性の三点に納得してもらうということは,言い換えれば,相手に「研究課題Aは,(1)解く必要があり,(2)未だ解かれていないものの,(3)解くための糸口がある課題である」という結論を論証するということです.この結論の論証に必要な前提は「課題Aは解く必要がある」,「課題Aは解かれていない」,「課題Aを解くための糸口がある」という3つであり,そのいずれも欠かすことはできません.これら3つの前提は,先行研究を根拠の一部とする合理的説明によってさらに論証されなければいけません.下に,この論証図を示します.以降,これらの3つの前提を個別にどのように論証していくかを説明します.

1.「Aは解く必要がある」の論証

まずは論証のための課題整理から

この論証のためには,「今なぜ解くことが求められているのか」というNeedsの話か,もしくは「解くと世の中の状況をどう変えられるのか」という将来のSeedsの話が必要です.これらの話についてどんな主張をし,どう論証するのかを考える上では,今-将来という時間軸と,利益-不利益という価値軸の2つの軸で課題を整理することが有効です.

「今の利益」の話というのは,「この課題が解けると喜ぶ人がいる」という事実の紹介です.「今の不利益」の話は,「この課題が解けないために困っている人がいる」という事実の紹介です.「将来の利益」の話は,「この課題が解けると,将来嬉しい状況になるはずだ」という予想で,「将来の不利益」の話は,「この問題が解けないと,困る状況になるはずだ」という予想です.

課題の型に合わせた論証が必要

自分が取り組んでいる課題が上記の分類のどの型に当てはまるかを整理することで,論証の方針が立ちます.もし今の話をするのであれば,「確かに今その利益あるいは不利益が生じる状況にあるね」と相手に納得してもらえばよいということになります.これまでの状況を独自に調べ,整理し,報告するか,もしくは現状把握と整理をしている調査研究の論文を引用するのがよいでしょう.対して将来の話をするのであれば,「確かに将来その利益あるいは不利益が生じそうだね」と相手に納得にしてもらう必要があります.将来予測をしている先行研究を引用するか,さもなければ独自の予想の合理的説明が求められます.

2.「Aは解かれていない」の論証

問題の定式化と先行研究達成度レビューが必要

この論証のためには,問題の定式化と,先行研究の達成度レビューの2つが必要です.問題の定式化というのは,「結局,課題Aの何が解かれてどのような状況になるべきなのか」という定義付けであり,達成度レビューというのは,「課題Aについてはここまでしか解かれておらず,今回定式化する問題は誰にも解かれていない」ことの説明です.

「難しさ」と「解決度合い」を評価できるように問題を定式化する

問題の定式化は,その課題の解決を妨げている困難さの所在を明らかにし,また解けたかどうかの評価ができるような形で課題を捉えなおす作業です.例えば,「人と触れ合えるロボットを実現する」というテーマは一見十分な課題のようではありますが,課題が絞り切れておらず,結局どこに困難さがあるのかわかりません.また,「触れ合える」ことの判断基準が曖昧なため,妥当な評価ができません.この場合は,例えば,「柔軟な高可動域関節を小型骨格機構に高密度に搭載することにより,~の状況で人が自発的に触れにいく頻度を従来の~%増大させる」のように課題を定式化することが考えられます.この場合,困難さは柔軟な高可動域関節を小型の骨格機構に詰め込むという設計の段階にあり,どれだけ解けたかは「人が自発的に触れにいく頻度」で測る,というように定めたことになります.問題の定式化を行うために,まずはざっくりと定めた自分の研究課題に関連する研究を調べ,どのように問題が定式化されているかを把握することから始めましょう.もし先に定式化されていれば,それを引用するだけで済むからです.もし十分な定式化が他でなされていないのであれば,自分で定式化し,またその定式化が妥当であることを合理的に説明する必要がありますが,これはかなり難しい仕事です(ただし,価値のある仕事です).

「誰もそこまでは解いていない」ことを示す

達成度レビューが必要なのは,上記のように定式化した問題がすでに誰かに解かれたものであれば新たに研究する価値がないためです.上記の例では,「従来,~の状況で人が自発的に触れに行く頻度は,最大でも~程度であった」という現状の限界の説明が必要です.課題Aに取り組んだ先行研究を漏らさず挙げ,そのどれもがその問題を解いていないことを明らかにする必要があります.

3.「Aを解くための糸口がある」の論証

表層的な問題なら誰かが解いている

上記のように定式化した問題は,大抵の場合,全世界の他の人々もとっくに注目している特に表層に近い部分の問題です.それなのにまだ解けていないということは,何か表層には現れていない,隠れた根本的な問題が潜んでいるはずです.そして,隠れた問題に取り組むということは,実証されていない事実を仮定することを意味します.したがって,「この研究では何を仮説とするか」をはっきりさせておくことが必要です.「実証されていないが,実はこうなのではないか」「不確かだが,これが原因の根本にあるのではないか」「実はこちらの方がより重要な問題なのではないだろうか」といった,隠れた本質の部分に対する仮説をもちましょう.仮説を立てることによって,問題をより深く捉えることができます.

仮説とアイデアのマッチング

仮説を立てることで,従来試されて来なかった解き方によってうまくいく道筋(問題解決の糸口)が説明できるようになります.これが仮説とアイデアのマッチングです.「今までは~だと考えられてきた(表層的な問題の定式化).しかし,実は~である可能性がある(仮説).もしそうだとすれば,~というやり方で問題が解決できると考えられる(アイデア).」といった具合です.もし仮説を立てないとすれば,「現在~だと考えられており,今のところそれに対する反証はない.したがって,~というやり方で問題が解決できるはずだ(アイデア).」といった仮説を挟まない話になります.もちろん,この場合でも誰も解いていない問題を解いたことになるのであれば構わないのですが,「それなら誰かもうやってるんじゃないの?(先行研究の達成度レビューが不十分なんじゃないの?)」という疑念が強まりますよね.仮説とアイデアの独自のマッチングを行わない場合は,先行研究の達成度レビューをより慎重に行う必要があります.

まとめ

扱う研究課題の解決を図ることの有効性・新規性・実現性を説明するために必要な論証とその方法を紹介しました.自分が設定した研究課題をこの論証図に当てはめてみて,論証図の結論を支える6つの前提,すなわち「Aは解く必要がある」や「Aはこう解かれるべき」という主張の根拠が明確に定まっているか(一文で書けるか)を確認してみてください.つまり,「~であるため,Aは解く必要がある」,や「~だからAはこう解かれるべき」といった6つの論証をすらすらと表現できるでしょうか.この6つの論証をすらすらと表現できるようなら,イントロのアウトラインは完成です.論証図の左下の方から順に説明していけば,それでわかりやすいイントロの話になります.

注記

この論証図の中で,「研究課題A」のAの部分は,一貫したものである必要があります.つまり,当たり前のようですが,「課題Aは解く必要がある」という主張におけるAと,「課題Aは解かれていない」の話のAは,内容の焦点も言及範囲も同一のものである必要があります.

 

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